2026/04/27 13:24

インドでAHMEVのアトリエを初めて訪れたのは2024年。




そこから何度か季節を跨いで、
私はこの場所に戻ってきました。
来るたびに感じるのは、ここが「服を作る場所」である以上に、人が尊重されるための環境そのものだということ。
作業の速さや効率だけでは測れない、場の整い方がある。
AHMEV(アフメフ)という名前は、
サンスクリット語で「自分はすべてであると信じる」という意味を持ち、『Bhagwat Gita(バガヴァッド・ギーター)』から着想を得ていると聞きました。
私たちは孤立した個ではなく、自然や宇宙、生命の全体とつながっている」という世界観にも重なります。
人生の道のなかで、自分自身や魂の声に触れ、感じ、見て、経験する。
その内側の静けさや自由を、
服というかたちで立ち上げようとしているブランドです。

だから、ここで作られている服には、
強さがあるのに尖っていない、凛としているのに自由があるように感じます。
本来その人が持っている生命力や表現の豊かさを、
無理なく引き出すための衣服。
身に纏うことで「守られる」だけでなく、
内側の力が立ち上がってくるような感覚があります。

アトリエの壁には型紙がずらりと吊るされ、
服になる前の輪郭が静かに揺れている。

テーブルの上には、布、糸、針、そして小さなビーズ。
赤と白の粒が散らばる布の上で、
一本の糸が粒を拾い、並べ、結び、また拾う。
縫い手や刺繍を担う人たちの指先は、静かで迷いがない。
その反復は装飾というより、時間と呼吸を縫い込んでいく行為に見えました。


シルクスクリーンの工場




刺繍の工場
様々なプロフェッショナルが重なり時間をかけて作られているAHMEVの服たち。
そのそれぞれの工場にも連れて行ってくれました。
彼らの様子を見るだけで関係性がとても温かいことがわかります。チャイで乾杯して迎えてくれる温かな人たち。

AHMEVの美しさは、豪奢さで語るラグジュアリーではなく、
誠実さとやさしさで成り立つラグジュアリーだと思っています。
上質な素材を丁寧に選び、職人の手で仕立て、
ミニマルなディテールの中にインドの文化的背景や手仕事の記憶をそっと残す。

クラシックとモダン、文化性と普遍性、軽やかさと品の良さ
そのバランスが、いつも絶妙で。そしてユーモアがあります。

そして“timeless”という言葉が、
ここではただのデザイン用語ではないことも実感します。
流行に追い立てられるのではなく、
身体に自然に沿うシルエット、長く着られる設計。
純度とシンプルさを柱に、女性の身体を讃えるように形づくられた衣服。
だからこそ、着る人の暮らしに現実的に入り込みながら、
心を少し自由にしてくれる。

休憩時間、同じテーブルに座って笑い合う人たちの姿がある。
ここでは「作ること」が仕事であると同時に、暮らしであり、関係でもある。
AHMEVが大切にしているのは、倫理や透明性を“掲げる”ことではなく、
それが当たり前になる環境をつくることなのだと思いました。

人と地球の両方を考え、一つ一つを誠実に。
環境に配慮した素材を選び、働く人たちにフェアな対価を支払う。
その空気を守るように、AHMEVのお二人が場を整えている。
私はそこに、ブランドの核を見る気がするのです。
今回で三度目の訪問。
仲間は増え、アトリエは以前より広くなっていました。
インドでは、作り手の労働環境がまだ整っていない場所も多いと聞きます。
そんな中でAHMEVのお二人が「いつか作る人たちが暮らせる家を作るのが夢のひとつ」と話してくれたことが、
ずっと胸に残っています。
服をつくることの延長に、人が暮らす場所まで想像している
その視線の長さが、AHMEVなんだと思いました。
そして何より私が嬉しいのは、私たちの選択の中に、このプロセスごと含めて届く服があるということ。
服を買うことは、ただ“物”を手にすることではなく、
どんな価値観を支持し、どんな循環に参加するかを選ぶことでもある。
AHMEVの服には、その背景を想像したくなる理由があるし、その理由ごと手渡せることが嬉しい。
自分よがりではないものづくり。
人にも自然にも敬意を持つこと。
ここで見た温かさは、きっとそのまま布の佇まいになって、
遠くまで届いていく。



